Eulogy I

神戸大学長 嘉数義久 による弔辞。
教育の一すじ道を、地道に歩き通された一生を悼む。
昭和五十六年二月二十三日。

弔辞 其の一

神戸大学名誉教授 坂本弥三郎先生の御霊前に、謹んで捧げます。

先生の突然の訃報に接し、驚きとかなしみで一ぱいです。

先生は、明治〔三十七〕年四月十三日、広島県福山市でお生まれになり、大正六年三月、東京高等商業学校専攻部を御卒業後、直ちに母校・神戸高等商業学校嘱託として、教職の第一歩を踏み出されました。同八年四月、同校教授昇任と同時に欧州に留学され、八年間、主として英・仏・独において研究に従事されました。

昭和四年、神戸商業大学への昇格と同時に同学助教授に、翌年、同学教授に昇進され、爾来、神戸経済大学と改称され、新制神戸大学に包括されるにつれて、名称は変りましたが、神戸大学教授として、昭和三十三年、停年により退職されるまで、一貫して四十年余の間、母校で教鞭をとられました。

同年、神戸大学名誉教授の称号を授けられると同時に、関西大学経済学部教授となられ、三十五年、南山大学教授を経て、四十五年、神戸学院大学教授となられ、五十三年、退職に際して神戸学院大学名誉教授の称号を授けられました。

先生の御功績は、教育の一すじ道を地道に歩き通された一生であったと、いえるでしょう。いぶし銀のような輝きをもつ先生の御功績は、長く語り継がれ、私ども後進の導きとなるものと信じます。私たちは、神戸大学の発展のために、先生の遺された基礎の上に、懸命の努力を致す所存でございます。

先生、どうか安らかにお休み下さい。

昭和五十六年二月二十三日  神戸大学長 嘉数 義久
原文(毛筆・折本)の表記をできるだけ残して書き起こしました。〔 〕は判読保留・補足を示します。生年「明治三十七年」は、本文中の「大正六年 卒業」との整合上、なお確認を要します(生涯ページの編者注参照)。

原本Original

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